【相続】相続分の放棄

2022年01月14日 08時00分 相続・遺言

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1、はじめに
  相続の仕事をしていると、よく似ているけど意味が違う言葉に出くわすことがあります。
 「相続分の放棄」という言葉がそうです。

 相続については「民法」という法律で基本的な定めがされているのですが、民法には「相続分の放棄」という用語は出てきません。
 そのため、司法書士の仕事で初めてこの用語に出合ったとき「何のことだろう?」と考え込みました。
 よく似た用語に「相続放棄」というものがあるので、「相続分の放棄というのは、『相続放棄』の誤植ではないか」と疑いもしました。

2、定義
 しかし、「相続分の放棄」が気になって専門書を調べてみると、きちんと意味が確立した用語として存在することを知りました。
 ある著名な司法書士の方によると、「相続分の放棄」とは「共同相続人が遺産に属する積極消極財産の全体に対して有する権利義務の包括的な割合持分を放棄し、遺産分割手続における自己の取得分をゼロとする一方的な意思表示」です。

 なんで法律用語はどれもこれもこんなに複雑な言い回しをするのかと思われる方もおられると思います。
 しかし、専門用語の定義づけをいい加減にしておくと、人によって用語の意味の理解がバラバラになってしまいトラブルのもとになってしまいます。それを防ぐうえで用語の定義は正確でなければならず、結果として、いかめしい表現になってしまうわけです。

 とはいえ、「相続分の放棄」という定義は、やはり何度読んでも分かりにくいものです。
 ポイントは、①積極消極財産の放棄についてのことだということ、②一方的な意思表示、というところです。

 ①の中に「消極財産」という表現があることに気づきましたか?
 これは借金を思い浮かべるとイメージが持ちやすいです。
 さらに、「放棄」という表現も出てきます。
 つまり、「相続分の放棄」によって、亡くなった方の借金について取得をしなくて済むんだということが読み取れます。

 そして、②「一方的な意思表示」というのは、他の共同相続人の承諾がなくても、その人の意思だけで放棄できるという意味です。この点で、相手の意思がないと成立し得ない契約とは異なる性質です。

3、相続放棄との違い
 では、「相続放棄」とはどこが違うのでしょうか?
 決定的な違いは、借金の返済などの債務を逃れるうえで債権者の承諾が必要かどうかという点です。
 具体的には、「相続放棄」だと債権者の承諾は不要なのに対して、「相続分の放棄」だと債権者の承諾が必要です。
 先ほど「相続分の放棄」は「一方的な意思表示」であることに触れましたが、そうはいっても債権者のOKは必要とされています。

4、相続分の放棄についての私の思い出
 「相続分の放棄」という方法は、家庭裁判所での遺産分割調停の場で、調停から離脱したい相続人が利用することが多いようです。「私の取り分は要らないから、あとは他の相続人で話し合ってね」ということです。
 そのため、家庭裁判所で作られた「遺産分割調停調書」の中に「相続分の放棄」が出てきておかしくないわけで、だからこそ私は過去に「相続分の放棄」をした遺産分割調停調書に出くわしたのです。

 では、司法書士が「相続分の放棄」がなされた遺産分割調停調書をもとに、法務局に相続登記を申請することはできるのでしょうか?

 結論からいうと、法務局が登記を完了してくれるかどうか微妙です。申請する前に、法務局との打合せが必要です。
 私が経験した事案では、「相続分の放棄」がなされた遺産分割調停調書を添付して相続登記を完了してもらえました。

 しかし、その登記の管轄法務局から「相続分の放棄とは何でしょう?」「(根拠になるべき民法にない用語なので)根拠はどこにあるのですか?」「次からは気を付けてください。」など、電話でご教示をしていただいたうえでの登記完了でした。登記申請をやり直せ(取り下げろ)と言われるのではないかと、どきどきしながら電話で受け答えしていました。
 「気を付けてください。」と言われて気を付けようにも、その遺産分割調停調書を作ったのが私ではなくて面識のない弁護士だったので、当方としては気を付けようがないと心中ぼやいた思い出があります。

 ただ、「申請前に法務局に相談すること」も大事な「気を付け方」です。
 もし法務局が事前相談でだめだと判断する場合、相続登記専用の遺産分割協議書を作り、関係当事者の理解を得たうえでその書面に署名押印してもらって法務局に提出するという方法が良いのかなと考えています。

 補足:相続分の放棄をしたことの証明書を提出した元相続人は、家庭裁判所が調停排除を決定した後、残りの相続人が作成した調停調書等により相続登記をすることができるとのこと(登記研究819号189頁)。これは「調停」に関する見解です。登記を申請する前に、やはり法務局に照会するのが適切です。

※この記事を書いた後に勉強していると、次の登記研究を見つけました。参考になるので紹介します。

 相続分の放棄をした相続人がいる場合の相続を原因とする所有権の移転の登記について、「Aの相続人B,C及びDによる遺産分割協議が未了のままDが死亡し、その相続人がE及びFである場合において、Aの相続財産に関する遺産分割調停によりB及びCが(それぞれ相続分の放棄をしたため)手続から排除され、Eが単独でA所有の不動産を取得することになったときは、Eは、その調停調書又は審判書を添付して、当該不動産について、所有権の移転の登記を申請することができる」(登記研究819号189ページ、質疑応答7977)。

 長くなりましたが、「相続分の放棄」が関係する相続登記のご相談も承っています。
 末筆ながら、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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